彼との会話

私は官僚たち・・・の原作を読んで知っているが、彼は知らない。
その知らない状況で、彼はいう。

あのころ、日本でやった政策って、今から思えば
どれもこれも何かしら結果を出している。
でも、それ以降でたった一つ、何も生み出さなかったのは
「教育」だよ。

ムダな高速道路や箱物ですら、雇用を一瞬でも生み出した。
で、「ゆとり」は?

確かに・・・外国に対抗して何かを作る、外国にあるものを
取り入れて手っ取り早く何かを作る。。。
みちすじなのか、結果なのか、とにかくどちらも今否定するのは
難しい。
で、教育は、「ゆとり」なんてもんを編み出して
どこの国もやったことがない自滅のプログラムを作り出したのだ。

ゆとりは、レベルの低下以外、何も生まなかった。

『どうして、ゆとりなんてものを必要と考えたの?』

彼はわからない、と答えた。
ひょっとしたら、日本人みんな、わからないのかな。
どうしていわゆるガリ勉してはいけないのだろう。
スポーツばかりやっても非難されないのに。
しかも、そんな考えを生み出したのは、そこそこお勉強していたはずの
人たちだ。

もしも、の話は意味がない、というけれど。
もしも、日本人が、ゆとり教育なんてばかなことをはじめなければ
今頃は世界一の教育レベルを保っていてしかも実質の能力も
そうだったのかもしれない。
そして、それは落ちぶれていく日本を救う人材を育てるのに
十分だったのだろう。
今から取り戻そうとしても、あと20年は軽くかかるだろう。

コメント

るん
2009年9月11日19:46

ゆとり教育の根底は創造性を強化するためのものだったかとおもいます。

結果はイマイチですが
ゆとり教育をやろうとしたことは悪くなかったんじゃないかと思います。

問題はその「ゆとり」を使って創造性というものをどう子供に教えるべきかを
教師も地域社会も家族もが分かってなかったこと。

創造的に生きることを理解している人は少ないですから無理もありませんよね。

ロスは大きいですが、それで一部の人は自分達に足りないものに気づけたのだから
それが報酬と思えばいいのかと。

最近では外から創造的な人を講師として招いた授業が公立でもみられます。
少しずつでもよくなってるのかもしれないと思います。


ふたつ星
2009年9月11日21:19

ふむふむ、創造性の欠如=ゆとりの欠如、と安易に考えてしまったのですね。
どんだけヒマがあっても、私の創造性のパワーは増えませんがw
・・・昔っから創造力に乏しいので、ヒマが増えたらその分遊びます。

ただ、今の体育的な分野への状況を見ると、思ってしまうのです。
たとえばスポーツバカはいいけど、たとえば音楽バカは自力で
(自分の財力でなんとかしてくれw)
たとえば勉強バカは存在もしてはいけない、のような過去の10数年があったので。
気がついたら、オリンピックなどで名をあげることができても、日本の
科学分野での未来はあまり明るくないな、と。

まぁ、ロケットが無事に飛んでよかったですw

るん
2009年9月12日0:42

勉強バカ(の意味が勉強大好き人間ということだと解釈して書きます)は
存在していけない、という時代があったのですか。
随分窮屈そうですね。

日本の科学の将来が明るくないのは同意してしまいます、残念ながら。

大量にいる博士取得者をないがしろにする社会ですし。
歓迎してくれるのは外資系が多いので「やっぱりな」と思ってしまいます。

クセのある人が博士取得者に多い気がわたしもしますが
せっかくの人材を国外ばっかりに流出させてどうするよー!!
小中高の教育でその頭脳を使わせたら面白そうだ、とおもったりするんですけども指導要領どうりにしなければならない教育制度では難しいかもしれません。。。

いっそ日本と海外というラインを無視して地球人として暮らすのが
将来明るそうです。

ふたつ星
2009年9月16日6:45

遅レスですいません。
そもそも「ゆとり」は悪くはなかったという意見はけっこう新鮮です。
クセのあるなしは私にはわかりませんが、国外に流れてしまうのは残念ですよね。
やはり「日本」に魅力がなくなってしまってるのでしょうか。

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